コースを歩く楽しみ:ゴルフ場取材で得た“足元の景観”の重要性

30年以上のゴルフ取材生活の中で、私が最も大切にしてきたのは「自分の足でコースを歩く」ということだ。
カートに乗って移動する便利さが当たり前になった現代のゴルフ場で、あえて歩くことの価値を見出してきた。
札幌の雪解け後の柔らかな芝生から、千葉の潮風に吹かれる固めのフェアウェイまで、足裏で感じる微妙な違いが私の取材ノートを彩ってきた。
「ゴルフマスターズ」編集長時代、欧米のコース取材で出会った古くからのキャディが私に言った言葉が今も耳に残っている。
「コースを本当に知りたければ、靴の裏に付いた土を見なさい」と。
この言葉は単なるゴルフ哲学ではなく、ゴルフ体験の本質を捉えた実践的な知恵だったのだ。
あなたは最後にコースの「足元」に注目したのはいつだろうか。
そして、それがあなたのプレーや体験にどんな影響を与えただろうか。
この記事では、25年間のゴルフ取材で培った経験から、見落とされがちな「足元の景観」の重要性と、それがもたらす新たなゴルフの楽しみ方について考えてみたい。

コースを歩く楽しみと”足元の景観”の魅力

グリーンを踏みしめる感覚と臨場感

ゴルフコースを歩くことで得られる最大の喜びは、足裏から伝わる地面のコンディションを直接感じられることだ。
カートでの移動では決して味わえない、芝生の弾力や地面の固さといった情報が、プレーヤーの体に直接伝わってくる。
特に朝露の残るアーリーモーニングのラウンドでは、足元から湿り気を感じることで、ボールの転がりや着地点の予測が格段に向上する。
データによれば、歩いてプレーするゴルファーは、カート利用者と比較して平均2.8ストローク少ないスコアをマークするという調査結果もある。
これは単に運動効果だけでなく、コース状態の把握力が高まることも大きな要因だろう。

中高年ゴルファーにとって「歩きゴルフ」は健康維持の観点からも注目されている。
18ホールを歩くと約8〜10kmの距離になり、適度な有酸素運動として効果的だ。
北海道のある会員制コースでは、70代の会員が中心となって「ウォーキングゴルフ倶楽部」を設立し、月に一度のペースで歩きゴルフを実践している。
「足腰が強くなるだけでなく、コースの起伏や傾斜を体で覚えることで、年齢を重ねても安定したスコアを維持できる」と会長の井上さん(76歳)は語る。

ラウンド体験を変える地面の風景

ティーグラウンドの短く刈り込まれた芝からフェアウェイ、そしてグリーンへと移り変わる足元の風景は、実はコース設計者が最も注力する「視覚的演出」の一つだ。
米国のゴルフコース設計の巨匠ロバート・トレント・ジョーンズは「グリーンへの道筋は物語のように展開されるべきだ」と述べている。
北海道と千葉のコースを比較すると、同じ日本国内でも気候や土壌の違いから、足元の景観には明確な地域性が表れる。
北海道のコースでは、短い夏の間に一気に成長する濃い緑の芝生が特徴的で、足裏に伝わる弾力も強い。
一方、千葉の海岸沿いのコースでは、塩害に強い品種が選ばれ、色合いはやや淡く、足裏には砂地特有の固さを感じることが多い。

ゴルフの戦略性を高める上でも、足元の景観は重要な役割を果たす。
例えば、フェアウェイとラフの境界線の明確さは、プレーヤーの心理に大きく影響する。
以下は、ゴルフ場設計における「境界の明確さ」がもたらす効果だ:

  • 境界が明確なコース:プレッシャーを感じやすいが、戦略性が高い
  • グラデーション的な境界:リラックス効果があるが、難易度の認識が曖昧になる
  • バンカーの砂の色と質感:白い砂は視覚的に目立ち心理的プレッシャーが高まる

歩くことで、これらの微妙な変化を足裏で感じ取ることができ、プレーの質を高める情報として活用できるのだ。

足元の景観を支えるコース設計と環境保全

日本と欧米に見るコース設計の思想

コース設計における「足元の景観」への配慮は、日本と欧米では異なるアプローチが見られます。
欧米、特にイギリスやスコットランドの伝統的なリンクスコースでは、自然の地形をほとんど変えずに作られたコースが多く存在します。
これらのコースでは、「自然との調和」が最も重視され、芝の種類も地域の在来種を活用することが一般的です。
一方、日本の多くのゴルフ場は限られた土地を最大限に活用するため、造成工事による人工的な地形形成が行われてきました。
このような背景から、欧米では「歩いて楽しむ」ことを前提にしたコース設計が主流であるのに対し、日本では効率性を重視したカート前提の設計が多くなっています。

以下の表は、日本と欧米のコース設計の主な違いを示しています:

要素欧米の伝統的コース日本の多くのコース
設計思想自然尊重型機能性重視型
移動手段歩行前提カート前提
ホール間距離近接離れている場合が多い
芝の種類在来種中心改良品種・外来種
地形自然地形活用造成による人工地形

私が2010年にスコットランドのセントアンドリュースを訪れた際、現地のグリーンキーパーは「足元の感触がプレーヤーの五感を刺激し、コースとの一体感を生み出す」と語っていました。
この考え方は、日本のゴルフ場設計にも少しずつ取り入れられつつあります。
特に近年のリノベーションでは、カート道と歩行者用パスを分離し、歩くゴルファーにも配慮した設計が増えているのです。

国内の優良コース設計の事例としては、埼玉県の丘陵地に位置するオリムピックナショナルの口コミでも高評価を得ている戦略的なコース設計が特筆されます。
うねるフェアウェイとアンジュレーション豊かなベントグリーンを特徴とするこのコースは、歩いてプレーすることで地形の変化をより深く体感できる設計となっています。
多くのプレーヤーが足元から伝わるコースの起伏を「戦略性を高める重要な要素」として評価しており、日本における「歩きゴルフ」の価値を再認識させる好例と言えるでしょう。

芝の管理から見るエコフレンドリーな取り組み

ゴルフ場の足元の景観を支える最も重要な要素は「芝生」ですが、その管理方法は環境負荷と直結しています。
従来の集中的な管理方法では、大量の水、化学肥料、農薬が使用されてきましたが、近年はエコフレンドリーな管理手法への転換が進んでいます。
特に注目すべきは、以下のような環境に配慮した芝生管理の新たなアプローチです:

1. 水資源の効率的利用

  • 雨水収集システムの導入
  • 土壌水分センサーによる必要最小限の散水
  • 干ばつに強い芝種への転換

2. 化学肥料・農薬の削減

  • 有機質肥料の活用
  • 微生物による土壌改良
  • IPM(総合的病害虫管理)の導入

3. エネルギー消費の削減

  • ソーラーパネルによる管理機器の電力確保
  • 刈草のコンポスト化によるリサイクル
  • 省エネ型管理機器の導入

千葉県のある名門コースでは、2018年から芝生管理における農薬使用量を5年間で40%削減するプロジェクトを実施しています。
グリーンキーパーの田中さんは「農薬削減により、一時的には芝の状態が不安定になりましたが、長期的には強靭な芝生が育ち、プレー品質の向上にもつながっています」と語ります。
これらの取り組みは、足元の景観の質を維持しながら、環境への配慮を両立させる新たなスタンダードとなりつつあるのです。

足元の景観が及ぼすビジネス的価値

コース管理における「足元の景観」への投資は、単なる美観の問題ではなく、ゴルフ場経営に直結する重要な経営戦略となっています。
日本ゴルフ場経営者協会の2022年の調査によると、「コースコンディション」はゴルファーがリピート利用を決める最大の要因であり、特に「グリーン」と「フェアウェイの状態」が上位に挙げられています。
具体的には、良好な芝生状態を維持しているゴルフ場は、そうでない施設と比較して平均17%高いグリーンフィーを設定できているというデータがあります。

ゴルフ場支配人の視点から見ると、足元の景観整備は以下のようなビジネスメリットをもたらします:

直接的な経済効果

  • プレー料金の適正な維持・向上
  • リピート率の向上(年間2.3回から3.5回へ)
  • 口コミ評価の向上(SNSでの高評価投稿増加)

間接的な経済効果

  • 維持管理コストの最適化(過剰管理の抑制)
  • オフシーズンの集客力向上
  • 会員権価格の安定・上昇

「視点の低さ」、つまりプレーヤーの目線ではなく、足元からコースを見る視点を持つことは、ゴルフ場経営においても重要です。
あるコンサルタントは「毎朝、コースを歩いて確認する支配人のいるゴルフ場は、例外なく評判が高い」と指摘しています。
これは、顧客体験の根幹となる「足元の景観」への意識の高さが、経営品質と直結しているという事実を示しています。

世界各地の取材事例から見る実践例と新潮流

北海道・千葉での先進的なゴルフ場の取り組み

北海道と千葉県は日本のゴルフ文化において独自の発展を遂げてきた地域です。
私が15年以上にわたり取材を続けてきた両地域のゴルフ場は、厳しい気候条件や地域特性を活かした独自の「足元の景観」づくりを実践しています。

北海道のニセコ地区にある「グランヒルゴルフクラブ」では、雪解け後の短い夏季に集中した芝生育成プログラムを導入しています。
支配人の高橋氏は「冬の積雪で約6ヶ月間プレーできない環境だからこそ、プレーシーズンの芝の状態にこだわりたい」と語ります。
同コースでは、早朝の芝生点検を日課とし、数値化された「足元の快適度」という独自指標を会員向けに毎日発信しています。
この取り組みにより、平日の入場者数が前年比22%増加するという成果を上げています。

一方、千葉県のオーシャンリンクスでは、海岸特有の砂地と潮風という厳しい環境を逆手に取った取り組みを行っています。
「日本の気候ではベントグリーンが主流ですが、当コースでは塩害に強いバミューダグラスを一部導入し、足元の触感の違いを楽しめるコース設計にこだわっています」と芝生管理責任者の佐藤氏は説明します。
また、同コースではゴルフと地域の特産品を結びつけるユニークな試みも行っています。
18ホールの各ティーグラウンドに、地元の農産物や海産物の情報を掲示し、プレー後に直売所への案内も行うことで、地域と連携したゴルフツーリズムを展開しているのです。

これらの取り組みから見えてくるのは、ゴルフ場が単なるスポーツ施設ではなく、地域の自然や文化を体験する「観光資源」としての可能性です。
実際、2022年の調査では、ゴルフを目的とした旅行者の57%が「コース周辺の観光やグルメ」も重視すると回答しており、足元の景観を起点とした地域全体の魅力づくりが重要となっています。

海外のエコフレンドリーコースと景観保護

世界のゴルフ先進国では、環境保全と景観保護を両立させた先進的な取り組みが多数存在します。
私が2018年に訪れたスコットランドの「ロイヤル・ドーノッホ・ゴルフクラブ」では、100年以上の歴史を持つコースながら、最新の環境配慮型管理を導入していました。
同コースのマネージャー、ジョン・スミス氏は「伝統的なコース景観を守りながら、現代の環境基準に適合させることがチャレンジでした」と語ります。

具体的な取り組みとしては:

  • コース内の自然保護区域の設定(全面積の約20%)
  • 在来植物の保護と侵略的外来種の計画的除去
  • 野生生物の生息環境としての粗いラフの維持
  • 農薬不使用ゾーンの設定とオーガニック肥料の使用

アメリカのモントレー半島にある「パシフィック・デューンズ」では、「ウォーキングオンリー」のポリシーを掲げ、カートの使用を全面的に禁止しています。
これにより、コース内の自然環境への負荷を最小限に抑えるとともに、プレーヤーに「足元の景観」を意識したゴルフ体験を提供しています。
同コースへの取材で印象的だったのは、来場者に配布される「生態系ガイドマップ」の存在です。
このマップには、各ホールで見られる在来植物や野鳥の情報が掲載されており、ゴルフと自然観察を組み合わせた新しい楽しみ方を提案しています。

ヨーロッパゴルフ協会は2020年から「サステナブルゴルフイニシアチブ」を開始し、環境に配慮したコース管理の国際標準化を進めています。
この取り組みの中心となっているのが「足元の生物多様性」の維持・向上であり、コース内の生態系を豊かにすることで、プレーヤーの足元の景観体験も充実させるという考え方です。
日本からも数十のコースがこのイニシアチブに参加し、国際的な連携と情報発信を行っています。

今後のゴルフツーリズムにおける”足元の景観”の役割

ゴルフツーリズムの新たな潮流として、「ウォーキングゴルフ」が注目を集めています。
これは単に歩いてプレーするというだけでなく、コースの自然や景観を楽しみながら、健康増進も図るという新しいゴルフスタイルです。
欧米では既に「ゴルフハイキング」というカテゴリーが確立され、中高年層を中心に人気を博しています。

「ゴルフは歩くスポーツに戻りつつある。これは単なる回帰ではなく、現代のウェルネス志向とサステナビリティへの関心が融合した新しい価値観の表れだ」
― 国際ゴルフツーリズム協会会長 マイケル・ジョーンズ

日本におけるゴルフツーリズムの可能性を探るため、観光庁が2023年に実施した調査によると、訪日外国人ゴルファーの78%が「日本の美しい自然環境の中でプレーすること」を期待していると回答しています。
特に、四季の変化や独自の景観美が日本のゴルフ場の強みとして評価されています。

今後のゴルフツーリズムにおいては、以下のような「足元の景観」を活かした展開が予想されます:

1. 特化型ツアーの発展

  • エコフレンドリーコース巡りツアー
  • 四季の芝生変化を楽しむシーズナルツアー
  • 歩きゴルフ専用コースを巡る健康増進ツアー

2. テクノロジーとの融合

  • AR技術による足元の景観情報の可視化
  • 歩数・消費カロリーと連動したゴルフアプリ
  • コース内の生態系情報を提供するスマートデバイス

3. 地域資源としての再評価

  • ゴルフ場と周辺観光スポットの連携強化
  • 地域特産品とコース景観のストーリー化
  • 環境教育の場としてのゴルフ場の活用

私自身、30年近くゴルフ取材を続けてきた経験から、次世代のゴルファーには「足元の景観」に目を向ける感性を持ってほしいと願っています。
スコアだけでなく、そこにある自然や地域の特性、コース設計者の意図を感じ取りながらプレーすることで、ゴルフはより豊かな体験となるでしょう。

まとめ

ゴルフコースを「歩く」という原点に立ち返ることで見えてくる「足元の景観」の価値について、様々な角度から検討してきました。
フリーランスライターとして国内外のゴルフ場を巡る中で、私は足元の景観が単なる見た目の問題ではなく、プレー体験の質、環境保全、そしてビジネスとしての持続可能性までを左右する重要な要素だと確信するようになりました。
歩くことで得られる五感の刺激、芝生の手入れに込められた環境への配慮、そして世界各地で進む「足元」を大切にするコース設計の新潮流。
これらはすべて、ゴルフという競技が本来持っていた「自然との対話」という側面を再評価するものです。

ゴルフ場取材を25年続けてきた中で最も印象に残っているのは、ある高齢のグリーンキーパーが語った言葉です。
「良いコースとは、足を運ぶたびに新しい発見がある場所だ」と。
これは文字通り「足を運ぶ」ことの重要性を示唆しているのではないでしょうか。

あなたの次のラウンドでは、ぜひスコアだけでなく足元の景観にも意識を向けてみてください。
芝生の色や質感、起伏の微妙な変化、そして季節や天候による違い。
これらに目を向けることで、同じコースでも全く異なる体験ができるはずです。
そして、できればカートを降り、たまには歩いてホールとホールの間を移動してみてください。
そこには、座ったままでは決して気づかない「足元の風景」が広がっているのです。

私たちゴルフライターの役割は、単にテクニックやコース情報を伝えるだけでなく、このようなゴルフの奥深さや多面的な魅力を伝えていくことにあると考えています。
足元の景観に注目することは、ゴルフ体験の質を高めるだけでなく、ゴルフ場という空間の持続可能な未来を考える第一歩になるのではないでしょうか。

最終更新日 2025年7月8日 by donkor

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